夕陽を見た夜


金曜日の夜、残業を終えて帰宅した僕は郵便受けの中に一通の封筒を見つけた。
落ち着いたクリーム色の封筒で、ていねいな字で僕の住所と名前が書かれてあった。
差出人は島本みゆき……三年前に別れた彼女だった。

封筒を開けた僕の目に飛び込んできたのは、とても鮮やかで美しい夕陽が描かれたポストカードだった。
そしてその夕陽に、僕は見覚えがあった。
それはいつか彼女と一緒に見た、湖岸に建つ美術館に展示されていた絵画と同じ絵だった。
彼女はとても絵が好きで、特にその絵は彼女にとっては、その美術館で一番のお気に入りだった。

その夕陽のポストカードを見ていると、なにか自然に心が安らいでくるような気がして、仕事の疲れを忘れさせてくれるようだった。
あの日、彼女と一緒に美術館でその夕陽の絵を見たときも、あまり絵に興味がなかった僕でさえ、思わずその絵に見入ってしまったほどだった。
作者の名前も、絵のタイトルも憶えていない。ただ、その絵に描かれた夕陽は鮮明に覚えている。
そして今、その絵がポストカードとなって僕の目の前にある。

そのポストカードの裏には、彼女が結婚することが書かれてあった。
六月十一日、街を見下ろす高台に建つ教会で、彼女は結婚式を挙げる。
それを見たとき僕は、付き合っていた頃の彼女のことを思い出した。
そういえば、彼女はジューン・ブライドに憧れていたのだと……。

「やっぱり結婚式は六月に挙げたいわ。六月の花嫁は幸せになれる、って言われてるからね、ジューン・ブライドってすごく憧れるわ」
彼女は僕に楽しそうに話してくれた。
でも、ときどき彼女はこんなことも言っていた。
「幸せって、たぶん私たちのすぐそばにいつでもあるものなのよ。でも、私たちはそれに気付いていないことが多いんじゃないかしら。だから、幸せになることじゃなくて、それに気がつくことが、とても幸せなことなのよね」

そのときの彼女は、たぶんその幸せに気がついていなかったのだろう。
僕も彼女の言うことがよくわからなかったし、もちろん自分のすぐそばに幸せがあるということなど考えもしなかった。
お互いに若かったのだろう。そして僕たちは別れた……。

彼女からのポストカードを受け取った翌日、僕は湖岸の美術館に向かって車を走らせた。
美術館には、もうすでに夕陽の絵は展示されていなかった。
しかし、美術館の中にあるグッズショップには、あの夕陽の絵のポストカードが置いてあった。
僕はそのポストカードを買った。
そして美術館を後にしながら思っていた……いま彼女は、すぐ近くにある幸せに気がついているのだと。

彼女からポストカードを受け取った夜、僕は少しだけ幸せをわけてもらったような気がした。
そんな彼女に、僕は祝福の言葉を添えて、夕陽のポストカードを贈った。

      

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